パソコンを使いだして十年余り、パソコン通信が流行出した頃 私はコンピュータが苦手でどうも使う気になれなかった。苦手と言うより食わず嫌い的な物。
パソコン通信=オタク・根暗的な感覚が自分には受け入れさせたくない物であった。
しかし確実に身近になると思いイヤイヤ使い出したパソコンだが、現在は無ければ仕事にならない道具になってしまった。 世の中がそうである。
会社の大小を問わず仕事におけるパソコンの普及は目を見張るほどであった。
今、うちの会社では社員1人に対して1台以上のパソコンがあり、社員全員がメールアドレスを持ち、在庫管理、経理、仕事の予定・・・なんでもパソコンで行うが、それが当たり前の世間になってしまった。逆に今時パソコンが無いと駄菓子屋さん?でも商売にならないのではと思う。
でもそれで仕事がはかどるようになったのか?と、思う時が良くある。
最近会社のみんなを見ていると、みんな勘違いしていないか?パソコンに向かっているのが仕事と
勘違いしていないか?便利なんだけど間違っていないか?
たしかに正確さやスピードを求めることなど、パソコンならではのメリットは多大なるものがあるが、
物事によってはパソコンを使うが為の時間的な大きなロスをすることがある、
「紙に手書きしてもいいんじゃないの・・・」「そんなこと口で言えばいいんじゃないの・・・」など、変に活字慣れして、活字だけを理解して、想像やニュアンスに対する能力を使っていないことが
多い気がする。
ゼロかイチ、シロかクロのようなデジタル的思考力が出来るようになった人は、ビジネスにおいても
重要な要素も強いが、人間からは切り離せないアナログな部分の認識がズレていないかと思う。
デジタル処理すべき事と、アナログ処理すべき事のボーダーラインが若いジェネレーションになれば
なるほどデジタル部分が厚くなってきている。
デジタル対アナログを比較することが出来づらい頭脳になってきているのである。
小さい頃からテレビゲームが反乱していて色々なゲームを家庭で遊ぶことが出来た。
ゲーム中にうまく行かないとリセットボタンを押してしまえばまた遊べる。
パソコンも学校で教えてくれる授業がある。複雑な計算などもパソコンなら簡単にできる。
今では携帯電話でメールのやりとりは日常のこと。
先日、うちの社員の娘さん(高校生)がレースイベント出店を手伝ってくれた。
早朝から一生懸命に仕事をしてくれていた。お昼時にお弁当を食べながら携帯メールのことを話してみたところ、1日のメールのやりとりが少なくとも10回くらい、多いと30回!友達の中では50回以上メールする子もいるそうだ。
たしかにお弁当を食べながら、私と話をしているときにもメールが入ったようでチラッと見ていた。
帰りの車中、カツカツッ・・ポコポコッ・・パシャ! またしばらくするとカツカツッ・・ポコポコッ・・パシャ!
会話があまり無い。
デジタル度ばかりが上昇しなければイイけどな・・・
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